ただの不登校児がAIエンジニアになるまで(1)

この記事はボンドの自己紹介連載の1回目です。

今回は初回という事で小学生時代、私が不登校児となったきっかけについて書こうかと思います。

これまでの私の人生で発生したイベントは以下のようなものです。
  • 生まれた
  • 小学生になるも速やかに不登校へ
  • 部活はやっていた中学時代
  • 半年だけだった高校時代
  • あまり記憶がない失意の半年
  • 高卒認定取得のために勉強開始
  • 勉強と並行して日本一周の計画
  • 高卒認定合格の翌日に旅立つ
  • コミュ力が少し上がった日本一周
  • マックとセブンの掛け持ちフリーター
  • 航空自衛隊に入りました
  • 電波の届かない地下室で夜勤
  • 第一次退職決意
  • 第二次退職決意
  • 銃からパソコンへ
  • 何となく人工知能に興味を持つ
  • 楽しかった、ベンチャーでのインターン
  • 短大生史上初の高専専攻科合格、そして入学辞退
  • 二度目の就職
  • 新卒風で就職して半年で転職
この記事を読んで私に興味を持っていただけたら、他の自己紹介連載も読んでいただけると喜びます。

不登校のキッカケ

不登校ってなんかドラマ性がありそうですよね。

特に、小学生の時からずっと不登校だったなんて聞くと「きっと壮絶なイジメとかがあったんだろうな…」とか想像するんじゃないですか?

ところが私の場合は、今思えばしょうもない事がキッカケでした。

便利な計算方法を思いついた!

私が学校に行かなくなったのは小学校の1,2年生の頃でした。算数の時間だったかで、簡単な計算問題を解くことになりました。
たしか、
「50円切手と80円切手を合わせて15枚買ったとき、代金は1500円でした。切手はそれぞれ何枚ずつ買ったでしょう?」
みたいな問題だったはずです。その時の私たちは小学校入りたてのお子さまなので、当然ですが連立方程式など知りません。
ですが、私は「とりあえずどんな数字でも入る箱を考えて、いくつかの式を作って比較すればいいんじゃね?」的なことを考えました。つまり、変数の概念を思いついたのです。

他の生徒は頑張っていろんな場合の計算をしている中、連立方程式を思いついた私は真っ先に答えが分かり、手を上げました。
それがあまりに早すぎたので、教師はどうやって計算したのか聞いてきました。

私は、思いついたばかりの便利な計算方法について誇らしげに説明しました。

「この方法を使えば分からない数が計算できるし、分からない数がもっとたくさんあっても計算できるんじゃないかと思います!」

これは大発見だぞ!と本気で思っていました。
そんな得意げな私に対する教師の返事はこうでした。

「そんなやり方は教えてないだろう!ちゃんと皆と同じやり方で計算しなさい!」

そして私は学校に行かなくなりました

不登校の始まり

え?それだけ!?
と思われるんじゃないかと思いますが、それだけです。当時の心境はあまりもう覚えていないのですが、頭をひねって効率のいいやり方を思いついたのを怒られた不満
教師が許可してないことはやれない不満

などが原因だったのではないかと思います。

我ながら、子どものころから空気とか読まないタイプだったんだな~

学校に行かず何してたの?

学校に行かなくなってからは、教師に認められなかった悔しさをバネに算数、数学に打ち込み、そして数学者へ…
となれば偉人のエピソードにでもなりそうですが、残念ながら私はそうではありませんでした。むしろ数学は大嫌いになり、第二次学生時代に至るまで超苦手科目でした。
xとかyとかの記号が出てきた時点でやる気が無くなるくらいに。そんな数学嫌いだった私が、線形代数や微分積分が平気で出てくる人工知能を仕事にしているのですから、人生どうなるか分かりませんね。

では家に引きこもって何をしていたのかというと、カスタムロボです。

(公式ホームページより しかし懐かしい気持ちになるデザインだ)

朝から晩まで毎日毎日、ほんとにずっとカスタムロボばかりやっていました。
全国大会とかが当時あったら、結構いいとこまでいけたんじゃないかってレベルでやり込んでました。

将来への漠然とした不安はあるものの、そんなことよりカスタムロボな生活でした。
そしてカスタムロボ一色の小学生時代も終わり、中学時代がやってきます。

それは別の記事で

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