ボンドといいます。福岡でweb系のプログラマをやってます。

現在の仕事には未経験で転職してきました。
そして、そんな大変な時期に、変なコミュニティを立ち上げてしまいました
webプログラミングについてのコミュニティならまだしも、科学っぽいことについてみんなで話し合うコミュニティです

このブログはwebプログラマとしても、コミュニティ主催者としても新米な私の、成長記録にしたいと思って作りました。
最初の記事ということで、私がこれまでどんなことをやってきたのかを書いていきたいと思います。

ダイジェスト版

時間がない人向けに、現在の私のステータスだけ。

  • webプログラマ
  • 福岡理学部 主催者
  • 元AIエンジニア
  • 元自衛官
  • 日本1周経験者
  • 高卒認定
  • 高校中退
  • 9年間不登校

面白そうだと思っていただけたら、ぜひ続きをご覧ください。

小学校入学と同時に不登校

福岡県の久留米市で生まれました。とんこつラーメンや焼き鳥で有名な街です。

久留米市

保育園児の頃は頃は、特にこれといったエピソードは無かったみたいです。
何人かの友達と、元気に遊んでたような記憶があります。

久留米はそこそこの地方都市なので、外に遊ぶ公園などはあまりありませんでした。
なのに家にいると外で遊べと怒られて、理不尽さを感じたのはよく覚えています。

で、小学生になったら不登校になりました。
小学生になって急に決まりごとが増えたり、先生が偉そうになったのが気に食わなかったのが原因だったような気がします。
「俺より何十年早く生まれただけなのに偉そうにしやがって」なんて思ってたけど、当時(小1)は流石に言えませんでした。

先生

言ってやればよかった。

長かった9年間の夏休み

そんなこんなで自主的な夏休みに突入しました。

「大学生は夏休みが2ヶ月もあってうらやましい」とか言われてますよね?
まだまだ甘い、私の夏休みは9年間ありました。
「大学生はせっかくの休みに遊んでばかりでけしからん」とか言われてますよね?
私はカスタムロボしかしてませんでした。私の方がすごい。

カスタムロボ

もし「学校に行かずにプログラムばかり書いてました」とかならスーパーハッカー感があるんですが、そんなことは全くありませんでした
そもそも家にインターネット回線もパソコンもありませんでしたしね。

よくある自伝なんかでは、こういう一見無駄な経験が、今は役立っているなどと書かれる事も多いです。
でも私の場合は、カスタムロボの経験は今なんの役にもたってないです。
ピュアなムダでした。人生最大の後悔かもしれません

それでも部活はがんばった

不登校といっても、私の場合はライトな不登校でした
なので、中学生になったら、部活とかはちゃんとやってたんですよ。しかも県大会に出場するくらいに。
授業には全然出てませんでしたけど。

やっていた部活は陸上競技の、中長距離走でした。
当時は真剣にやっていて、「陸上競技に人生を捧げよう!」とか本気で考えてました。

この頃の私の世界はすごく狭くて、カスタムロボと陸上競技しか知りませんでした。
一生カスタムロボをやり続ける気はしなかったので、自分が知っている選択肢は実質、陸上競技だけだったんですね。

それなのに、当時の私は「いろいろな職業を知った上で、俺は陸上競技を選んだんだ」と信じて疑いませんでした。
視野が狭いだけなのに、全てを知ったと勘違いしていました。

冷静に考えれば、

  • 「骨が太くて中長距離走には不向きな体格」
  • 「苦しい事を我慢するのが嫌いな性格」
  • 「あまり大きくない陸上競技の市場規模」
から考えて、私が選べた中では、ほぼ最悪の選択だとわかるはずなんですが。
当時の思考停止状態の私にはそんな考えはできませんでした。

適性もなく、たいして覚悟もなく進路を選択した代償は、すぐに跳ね返ってきました。

部活の名門校に入るも半年で脱落

私が進学したのは、全国的に有名な名門校でした。
陸上競技に詳しい人なら、ここまでの情報ですぐに特定されるくらいには有名校です。

上記のように、私は本来、中長距離走向きではありません。
そんな私が、才能に恵まれた部員に囲まれることになりました。当選、劣等感を覚えない日はない学生生活でした。

伝統的なスポーツ強豪校なので、生活は非常に厳しいものでした。
上級生からの理不尽な暴力ご指導もあり、精神的にも追い詰められていきました。
閉鎖空間は人が狂います。

靴

私はあまり我慢強い方ではないので、半年程度で部活をやめてしまいます。
しかもこの時、こじれにこじれて、高校自体も退学することになりました。
これについてはこちらにも言い分があるのですが、ネット上に書くと燃えそうなので、直接お会いする機会があればその時にでも聞いてください。

高卒認定を知る

さて、これで晴れて中卒ニートになりました。

しかもこれと言って資格や技能があるわけではなく、何ならやる気もありません。
こう書くと絶望的な状況のようですが、本人には別に危機感はありませんでした。
高校中退後にまた半年ほど、カスタムロボ一色の人生に戻りました。

とはいえ半年もカスタムロボばかりやってると、いい加減に飽きてきます。
そこで気分転換に、今後の人生について考えてみようとしました。

まず初めに考えたのは、「中卒ってやばくね?」ということでした
当時はようやく携帯を手に入れていたので(iモード!)求人を探してみたのですが、どの求人にも「高卒以上」と記載されてます。
「まあ雇う側からしたら、高校にすら行かずにドロップアウトした奴なんて嫌だよなあ」と考えて、高卒資格を得ようと考えます。

高校中退した時のよくある選択肢は、通信制や夜間の高校ではないでしょうか。
しかし、私はベテランの不登校児です。卒業できる気が全くしませんでした。
そんな時に見つけたのが、高卒認定でした。

高卒認定 合格

高卒認定、正式には高等学校卒業程度認定試験みたいな名前だったはずです。
これは一発試験で、合格すれば文科省から、高卒者と同じくらいの学力があると保証してもらえます。
学歴ではないので厳密には高卒ではないのですが、大学進学や資格取得、就職などの選択肢が一気に増えます。
しかも高卒認定は受験資格が16歳以上なので、当時の私(16歳)でも受験できました。

結果からいうと、半年ほどの勉強期間で合格することができました。
個人的にはこの半年は、人生で初めて自分の頭で考えて、努力した期間なので思い出深いです。
しかし、基本的にはただ勉強してただけなので、超絶地味です。なので省略します。
ただ、ちょうど今さっき高校を退学した人とか、お子さんが不登校、なんて人には参考になるかもしれないので、もしそんな方がこの記事を読んでいるなら直接ご連絡ください。

そんなこんなで高卒になりました。
高卒認定は、今後の人生で何度も活用することになります
珍しく過去の俺GJ

初めての一人旅、日本一周

ちょっと飛躍しますが、高卒認定合格の翌日から日本一周を始めました。
本州、四国、北海道は原付で、九州、沖縄は自転車で行きました。

日本地図

理由としては、「今までの俺の人生って、地味すぎてつまらなくね?」と思ったからです
その頃にはパソコンとインターネット回線を手に入れていて、旅行記ブログをいろいろ読んでいました
そうして旅人に憧れて、日本一周を決意するわけです。
目の前のパソコンでプログラミングをすぐに始めろ、と今は思っています。

旅を通して多様な人と話す機会があり、自分の世界の狭さに気が付き始めます。
また、日本一周の計画・調査・実行までを自力でやれたことで、少し自信を持てるようになりました。

日本一周については、自己紹介の一部にするにはあまりに内容が多いので、いずれ別記事にしようと思います。

とりあえず自衛官になりました

高卒認定取ったり日本一周したりしてると、18歳になっていました。
既にバイト程度はやっていましたが、そろそろ正社員として働こうかと考え出します

そんな訳で求人を探すのですが、高卒・無資格・職歴なしだと、求人はかなり限られます
全くない訳ではありませんが、どれもこれも黒いオーラが出ていました。
どこかに学歴で評価しない企業は無いかなー、と思って探していると、ありました。
公務員です

公務員は、申し込みに必要な学歴さえ満たしていれば、あとは試験結果のみで評価されます。
実質中卒の私が、もっとも平等に競える条件でした。

同じ時期に東日本大震災があったこともあり、自衛隊に関心を持ち、航空自衛官になりました。

空自

公務員は向いてなかった

自衛隊は、向いている人には天国だと思います。
若いうちは基地に住むのでお金はかかりません。
仕事のほとんどはマニュアルで定められているので、自分で頭をひねる必要もありません。
気をつけるべきなのは、服装や、上司の扱い、飲み会のマナーくらいです。
最近は自衛隊への好感度も高いので、世間体も良いです。

でも私には合わない環境でした。
一番大きかったのは、自分の仕事に価値を感じられなかったことです。

防衛秘密とか怖いので詳細は書けないのですが、私は割と国防の中枢あたりの仕事をしてました。
こう書くと、すごく面白そうでやりがいもありそうなのですが、私にとっては違いました。
国防の裏側は、非効率と理不尽、無知が悪魔合体したようなところでした。
私がいた現場がひどかっただけかもしれませんが、私には耐えられませんでした。

また、数年で転勤を繰り返すことから、上司たちは独身・バツイチ・単身赴任ばかりでした。
ひどいケースだと、新婚で家を建てた直後に籬島に転勤なんてこともありました。
住む場所すら自分で選べない環境に、違和感を覚えました。

更に、国防は24時間続くので、夜勤も普通にあります。
自衛官は定額働かせ放題なので、残業代なんてものはありません。
そんな環境なので、あっという間に体へダメージが溜まります。

色々書きましたが、やっぱり一番大きかったのは、自分に価値を感じられなかったことです。
公務員なので当たり前ですが、全ての人員は交換可能なように組織が出来ています。
私はそんな、交換可能な人材でいたくありませんでした。

次は何をしようかな

そんな訳で人生初の退職を決意しました
最初の就活ではあまりよく考えなかったことを反省して、次の進路は慎重に考えました。

次に身につけるスキルを選ぶ中で、重視した点は

  • 個人のスキルになる
  • 特定の組織でしか使えないものでない
  • 長期間の下積みが必要ない
です

要は自衛官時代の逆ですね笑
そして候補になったのは

  • 漁師
  • 農家
  • 電気工事士
  • プログラマ
でした
多様な職種ですね。

この中から、漁師・農家は初期投資が大きすぎて除外。
電気工事士は、現場を見学した時に、なんとなく自衛官と近い雰囲気を感じたこと、労働環境が良くなさそうだったことなどから除外されました
こうしてプログラマになることを決めました。

第二次学生時代

プログラマになることにした、と言っても、この時点の私は「パソコン=インターネット」程度の知識レベルでした。
OSという概念を知ったのもだいぶ後になってからです。
これじゃ就職は難しそうだし、仕事があったとしても黒いところしかないだろうと考えて、もう一度学生になることにしました。

進学したのは福岡工業大学短期大学部というところで、九州では唯一の理系短大です。
授業の内容が、プログラマとしての業務に役立っているかと言われると微妙ですが、2年間時間ができたのは非常に良かった。
第二次学生時代に身に付けた能力は、今でもフル活用しています。

特に伸びたのは数学力でした。
この当時の私の数学力は、一次式の因数分解すら怪しいレベルで、変数が出てくると頭が痛くなる数学アレルギーでした。
これは非常にまずいと感じて、暇な時間はずっと数学をやるようにしました。
このおかげで3ヶ月後くらいには高校数学、微分積分、線形代数あたりまで一通り理解できるようになりました。

数学

のちにAIエンジニアになった際に、この時身に付けた数学力が大活躍することになります。

そんなこんなで、数学アレルギーを克服しようとしすぎて逆に好きになってしまいました
「数学力を活かした仕事ができないかなー」と思っていたところに、ディープラーニングブームがやってきます
AlphaGoなどが盛大に報道されて、猫も杓子もAIな時期でした。

AIは数学の塊なので、これだ!と思ってAIエンジニアになることにしました。

AIエンジニアになるも半年で転職

当時は熱気的なAIブーム(今もですが)だったので、福岡でのAIエンジニアの職はすぐに見つかりました。
特に就活らしい就活をした覚えはありません。

そうして二度目の新卒で入社した会社ですが、わずか半年で転職することになってしまいます。
ここはすごく良い会社で、社風も自分にあっていました。

それにも関わらず短期で退職することになってしまった原因は、自分の未熟さにあります。
この半年間は自分にとって反省点だらけで、当時の関係者には申し訳ない気持ちでいっぱいです。

加えて、AIしかわからない自分に不安を感じていたというのもあります。
AIを作ることは出来ても、それをwebサービスやアプリに搭載できない。
その部分を他のエンジニアに任せようとしても、自分の知識が足りなすぎてうまくいかない。
そんな状況に危機感を覚えました。
結局、価値を生み出してないじゃないかと。

そのような背景があり、webプログラマとして転職することにしました。

未経験で入社、いきなり会議室を私用で使う

転職先も福岡で、Fusicという会社です。
webシステムを中心に、受託開発も自社サービスもやっています。
自由な社風と、エンジニアの技術力への投資を惜しまないのが売りです。

fusic

未経験で転職してきたにも関わらず、いろいろワガママを聞いてもらっています。
入社2ヶ月目くらいで変なコミュニティ「福岡理学部」を立ち上げても応援してもらったり。
会社の会議室を、毎月複数回イベントで占領させてもらったり
交通費、宿泊費支給で東京のカンファレンスに行かせてもらったり(登壇なし)
この会社を選んで、本当によかったなーと思っています

コミュニティの主催者として

このように変な経歴を歩んできた私ですが、上にも少し書いたように、現在では「福岡理学部」というコミュニティの主催者をやらせてもらっています。
ど素人たちで集まって科学っぽいことについて話し合う、なんてマニアックな趣旨にも関わらず、毎回会場がいっぱいになる程の人に参加していただいています。
不慣れな主催でご迷惑をおかけしてばかりですが、優しい参加者の皆様のおかげでなんとかやれています。

rigakubu

どうしてそんなコミュニティを立ち上げたのかというと、科学の世界が専門家のものになってしまっているのが気にくわないからです。
数学や物理など、そのような小難しい科学は大学の先生がやるもので、一般市民には分からないものだし関係ない。
そんな空気があるように感じています。

自分に何かできないか、と考えて、自分の「子供の頃から劣等生で、専門的な教育を受けた訳でもない」という経歴に注目しました。
そんな私が科学の分野で活躍することで、このような空気を打開できるのではないかと考えてこのような活動をしています。
今後も福岡を拠点に、科学の世界で独自の立ち位置を築いていこうと思っています。

さて、超長い自己紹介でしたが、現在の私は

  • webプログラマ
  • 福岡理学部 主催者
  • 元AIエンジニア
  • 元自衛官
  • 日本1周経験者
  • 高卒認定
  • 高校中退
  • 9年間不登校
というステータスです。
今後ともどうぞよろしく。